2004年12月アーカイブ

ちゆ12歳が元ネタ。

毎日新聞は男子大学生がキライ?

ネタ元のネタ元。

女子大生に聞く:今時の男子は「幼児的、バカ、無責任」

馬鹿がいる。証明不要の馬鹿がいる。元毎日新聞社編集委員の大学教授がどうやら毎日新聞に紹介したらしい。朝日は売国奴、国賊と一部で認識されているが、毎日新聞はどうやら全社で脳みそが蕩けているようだ。マスコミのプライドも何もあったものではない。元になった記事を引用すると、


 女子学生は、いま時の男子学生をどう見ているのか? 大阪国際大学人間科学部(守口市)の心理コミュニケーション学科の12人が、女子学生を対象にしたアンケートを、「男の値打ち 女の目」と題した卒業論文にまとめた。結果は、「幼児的、無責任」など、どうも評判はよろしくない。【梶川伸】

どうやら女子学生の意識調査を行なったらしい。どういう意味のある試みなのかは知らないが、まあ、調査自体はどうでもよい。いかに高度な統計手法を駆使し、玄妙な分析手法を適用したかは不明だが、ネタに困った女子大生がでっち上げた程度のものだろうことは記事の続きからも想像がつく。


 全体では、マイナス回答の総計が8702で、プラス回答の7659を大きく引き離した。これらから、男子学生の5悪を「幼児的、バカ、無責任、無神経、うそつき」とまとめた。そのうえで、「大人になりきれていない」という声が強いと分析している。やる時はやる、責任感がある、といった好印象の回答もかなりあったが、女子学生の「期待値」も入っていると見ている。

この結論から読み取れるのは、頼りになる男もいるけど、多くは人間として最低ね♪という意見であろう。しかし、内容が示されていないため、一体、何を根拠にそんな結論が出たのかちっともわからない。


 宮本教授は「男子学生は幼いという印象を持っていたが、やはりそうか。他人を理解しない、主体性がないなど、大人になりきれていない。危機には違いないが、学生自身が危機感を持っているところに救いがある」と分析している。

出ました。馬鹿の元凶。こりゃまるで、女子学生に媚びるただの中年ですな。およそ昔から若者に媚びる大人には碌な人間がいませんが、元毎日新聞編集者といえば、リッパにマスコミ人。やはり碌なものではないようです。大体、シュメールの頃から「今時の若者は…」みたいな年寄りの愚痴は世代を越え何千年も繰り返されているのですが、二十歳を越えたばかりの小娘の戯言を無批判に迎合するこの方の言説は既に愚痴ですらない。少なくとも社会人としての大人なら、このようなペーパーを見せられたら、憤慨して当然である。記事を読む限り結果の解釈が恣意的で、信用が置けない。そもそも何か「論」を立てているところもありそうにない。アンケート集計などただの作業である。どこに「論文」としての体裁があるのか(価値云々は最早問わない)。一体何を教授・指導していたのか、業務実績が問われてもおかしくないようなものが提出されたのである。なめてるのかという憤りくらいは感じないのであろうか。

おまけに、「危機である」と認識してるにも関わらず、そのような事態を「救いがある」の一言で纏めてしまい、そうなるに至った歴史的、社会的な構造分析なり、現状の突破口なり、そのものズバリの解答までは求めないものの、せめて方向を示すような意見を述べるのが知識人のレゾンデートルなんだが...或いは、記者が記事を纏めるさいにそういう話をオミットしたのなら、マスコミが自らの存在意義に自分で止めを刺すようなマネをするとは...所詮は自称「クオリティペーパー」ということか。

まったく、現代マスコミの本質でも触れたことだが、マスコミの煽動は、止まることを知らない。別に世の男子学生諸君が全て「頼りがいのある、責任感に溢れた漢達」ばかりである。何てことはありえないが、「卒論」(も一応論文ではある)に値しないようなアンケート調査でも世間を煽る事ができるとなったら、脇目も振らずに飛びつくその有様は、餓鬼が食い物を奪い合う姿を髣髴とさせる。そして彼らは決してその責任を引き受けることがないのだ。さらに嘆くべきは、かのお方が「大学教授」だということである。一応日本の知識人を代表する職種でもあるのだが。

概ね70年代を境に、日本は豊かさを享受する時代に入った。それまで「私権」の獲得に血道をあげ、つまりは「豊かな生活」を唯一の価値観として日本人は遮二無二学び、働いてきた。しかし一旦それが実現されてしまうと、私権価値観は求心力を喪い、しらけたムードあるいは享楽的なムードが社会を覆った。「私権」は絶対的な価値観たりえず、価値観なくしては判断はおろか、そもそも生きていくことすらできない生物である人間は、生活に充分な程度には達成した「私権獲得」から次の目標に向かい始めた。ある時は「心の豊かさ」で代表される対象の消費として表れ(小はレジャーへの投資の増大という形で、大はボランティア、NGO活動への参加という政治方面への流れの形で)、またある時は新興宗教の勃興という形で現われた。一方で確固たる価値観の喪失は、家族や地縁共同体の徹底的な崩壊を齎し、相対主義の跋扈を許し、極端な個人主義的生活を生み出し、自立への基盤となっていた有形無形の支援を根こそぎ奪い去っていった。

一時期、「価値多様化の時代」とマスコミが報じたこともあったが、多様化したのは精々が消費財であり、男の、そして女の、活力の源というべき価値観は多様化どころか、マスコミや知識人の繰り返すマッチポンプのおかげもあって、姿を潜め、現代はかろうじてその残滓をかき集め、体裁だけでも留めようとしている状況に過ぎない。

このような時代だからこそ、新たな価値観、新たな認識を引っさげ、輿論をリードし、社会を統合することのできるる人材が求められるのであり、まさしくその中核を担うのが、そのような認識を産み出すことを社会から期待されている職業階級、即ち、「知識人」とか「大学教授」とか言われている者たちなのである。しかし、その本来の責任を放棄し、目先の現象事実に安易に迎合し、知的活動を忘れてしまっているのが、現代知識人の姿である(皆が皆そうではないと信じたいが)。その端的な例が、件の教授であろう。

学生が大人になりきれず、幼いままであるのは、成熟した社会人へ育つことを強制する社会的圧力がないからである。他人を理解しないのは、そのような機微を察する体験を積み上げる場が失われているからである。主体性がないのは、意識せずとも社会に受け入れられている価値観が喪われているため、判断を下すことが昔に比べて極めて難しくなっているからである。それは誰の責任か?それは、今社会を動かしている大人の、つまりは、社会人の責任である。それを小娘の色香に迷ったのか、ものわかりの良いところを見せて点数を稼ごうとしたのかは知らないが、「(女子)学生自身が危機感を持っているところに救いがある」などという職務放棄、敵前逃亡に等しいまねをしていて、どの口が語っているのか。呆れて者も言えない。将に「(自分を取り巻く)他人を理解しない、(女性の不満に迎合するだけで職業に対して)主体性がない」

加えて深刻なのは、件の卒論をものにしようとした彼女たちは、なぜ「の値打ち の目」も併せて論じようとしなかったのか。彼女たちだってわかっていないはずはないのだ。


 研究メンバーの川岸真紀さんは「目的を持たず、何となく生きている人が多い」と語るが、「女子学生も一緒と思う」と付け加えた。

と記事にもあるからだ。ではなぜ?ここからは完全に臆断になるが、つまりこういうことだと思う。

バカから脱却するには、常に知的好奇心を持ち、様々な話題に乗り遅れないよう学問を弛まなく行なわなくてはならない。無責任を回避するためには、時には自らの生活基盤を犠牲にしなくてはならないこともある。そこまでいかなくとも、それなりに経済的、精神的なリスクを引き受ける覚悟がいる。うそつきと言われたくなければ、言行一致は常に自分に課していなくてはならない。当の女性たちは「社会的責任を自覚し、進んで社会を運営する責任を引き受けることができるほど大人で、頭脳明晰、長幼を弁えた配慮を示すことができ、嘘は吐かない」のか?そんな女性が日本の女子学生の過半数を超えているのか。考えるまでもない。現実にそのような女性は極めて稀少であり、目糞鼻糞を笑うの類である。非難は馬鹿にでもできる。無論、誰もが衛の蘧白玉や斉の晏嬰、鄭の子産になれるわけではない。そして、そんなことなど考えているはずもない。いくらなんでもそこまで求めているとは思えないが、自ら身を修めることは、精神的困難に挫けないということだ。そんな面倒は御免蒙りたいというのが心情であろう。

つまり、自ら努力はしないことを隠して、要求だけは突きつける。

そんなとんでもない態度を隠しておこうという意識が働いたからではないか。

あるいはこうも考えられる。

豊かさに慣れきった男たちが、モラトリアムと嘯き、切磋琢磨を忘れ、ある程度は満たされた物欲に安住して責任感や配慮という煩わしさから逃れようした結果、肉体的にはともかく、精神的には逞しさを失い、易きに流れて行くばかりなので、子を産む性としての危機感が募ってきたため、男の「ケツ」を蹴り上げる行動に出た。…ありえない?(^^;) しかし、男は精神的に女に依存するが、女は物理的に男に依存するという点を考えると、より切実なのは女性の方である。ありえない話ではない。実際問題、男はそこまで衰弱している。

しかしいずれにしても、「目的を持たず、何となく生きている人が(男女を問わず)多い」というのであれば、「女の値打ち」も論じるべきであろう。先にも述べたが、戦前、そして、それより遥か昔から高度経済成長時代にかけての「物的な豊かさの追求」が強固な価値観であった時代、つまり「貧しさが当たり前の時代」、少なくとも男女問わず「目的」はあったし、二十歳過ぎて幼いなどということはなかった(一部特権階級除く)。繰り返しになるが、ならばどうすれば良いのか、その回答を示すのが、「知識人」の存在理由であり、その普及に力を割くのが「マスコミ」の存在理由である。それをあっさりとスルーしてしまう現代「知識人」や「マスコミ」は何のために存在しているのか。

そんな無能、無気力なものにはさっさと見切りをつけて、自ら新たな価値観、新たな認識を求めて試行するべきときではないだろうか。秦の商鞅は「学者は所聞に溺れる」と言ったが、観念と知識で飽和した頭に、突破口を見出し、新たな地平へ人々を導くことなど、西から太陽が昇ってもできないのである。

雅楽多blogがネタ元。

会社員殺人、牛丼店の店長逮捕…相次ぐクレームに激怒

傲慢無礼な人間が絶えることはないのだろうか。

現代日本は、私権社会である。私権の対象は、時代に伴い、移り変わってきたというものの、有史以来、私権を巡る奪い合い、殺し合いが、歴史を形作る一面であったことは否めない。或いは、書物に記された歴史の本質とは、私権を巡る闘争の蓄積そのものだと言い切っても良いだろう。

エサを巡り、同類同士で相争う動物は人間に限ったことではない。しかし、人類の同類闘争が、容易に殺し合いに発展することなど、少しばかり歴史を紐解けばわかりきったことである。もちろん、人殺しは良くない。それは法律以前で既に罪である。しかしながら、私権を脅かされることが、即ち生存を脅かされるのと同義である「私権時代」に生きている者として、この被害者は余りに軽率であったと謗られてもやむをえないだろう。

食の有り余る現代において「弁当が横になっていた」(ってどういう状態なのかいな? 実はよくわからないが、それによって財産生命が脅かされたということはあるまい)という程度のことで「牛丼店に十数回電話をかけ、8月下旬以降も数回、容疑者を呼び出して謝罪を求め」るとは、まるで偏執狂である。それとも、容疑者の対応が人として許すべからざるほど傲慢無礼であったのであろうか。前者であるならば、それは憎しみをかっても仕方なく、後者であれば、まさしくそのような人間に絡んだ無謀が命を落とす原因になってしまって当然のことである。

経済的に貧困の中にあり、常に他者との距離を計っていなければ生きていけなかった時代、居丈高に振舞い、怨みをかうなどといった行為は厳に戒めるべきことであった。大人しく生きてても、理不尽にも殺されてしまうことが、かつての日本でも少なからずあったのである。事故でも、偶然でもなく。増してや恨みなどかえば、どこでどう殺されてしまうかわからなかったのである。これは、大昔の戦国時代だのそれ以前の古代の話をしているのではない。ついこの間、「昭和」と年号のついた日本での話である。

実際、程度というものがわかっていない人間が少なくない。他者の「私権」を脅かすことがどれほど危ういことかを認識していない人間が増えている。昔、「偉そう」にしている人間は、実際「権力」を握っている人間であった。「権力」の本質が暴力であることは今更言うまでもないであろう。まさしく、その力をもって他人の反発や反抗を押さえ込めたが故に、月のない夜道で襲われる危険が少なかったのである。そして、いかに強大な権力を握ろうとも、その危険性を零にできなかったことも、また、歴史の語るところである。ところが今や、そんな後ろ盾すらないにも関わらず、傍若無人を地で行くものが至る所で目につく。それらの人々は、私権時代に生きるということの恐ろしさ、もっといえば、「私権」そのものの恐ろしさがわかっていないのだ。

原始の頃、他の部族や民族と日常接することがなく、生産財をそれなりに確保できてある状態では、私権そのものが発想される余地がない。しかし、気候の変化や人口の増大などによって他の部族や民族と恒常的に接し、食料を確保しなくてはならなくなった時、自分たちの縄張りを主張することは、生きていくために当然のことであっただろう。気象条件によっては、単に縄張りを確保しているだけでは食い詰める事態も発生したに違いない。その時、死なないためにはどうするか。他部族他民族の事情など無視して、自分たちの食料を確保するしかない。また逆に、普段、自分たちが食料を確保していたところで他部族他民族が食料を漁っていればどうするか。これを防止しなければ、今度は自分たちが食い詰めてしまう。となれば実力で排除するしかない。

即ち、生きていくためにその邪魔となる同類を「暴力」でもって「黙らせた」のが「私権」の始まりなのである。

そして現代は「私権」によって確保された生活財がないと生きていくことができない「私権時代」である。直接的に私有物を奪うことはしなくても、その基盤となる職業や家庭を執拗に攻撃することは、「私権」の剥奪=生存権の剥奪に繋がる行為でしかないのだ。とするならば、これを止めさせるにはどうするか。答えは自明である。何らかの実力をもって阻止するしかない。それは人によって経済力であったり、社会的影響力であったりするのかも知れない。しかし、そのようなものを持たない者は、結局、物理的な阻害力=暴力に頼るしかない。加えて、半端に生かしておけばまた攻撃に来ると思い込んでしまえば、結果はただひとつ。殺してしまうしかない。

そうすればもう脅かしに来ることはないのである。

私は何も法を守らなくて良いとか、無政府状態にあるのが当然などといった議論をしたいわけではない。しかし、いかなる生物であろうと生存を脅かされれば文字通り必死になって行動するものであるし、逃げ場がないとなれば、物理的に反撃してくるものなのである。その当然の理に気づきもせず、小市民面してあたかも当然の権利のように他者を責め、その「私権」に攻撃を加えた結果、反撃されただけなのだとすると、それは単なる自業自得でしかない。

この事件で真相がどうであったのかはわからない。しかし少なくとも、「私権時代」というのはそういう危うさを日常的に孕んでいる時代なのであるということを我々は、肝に銘じるべきであろう。

如何にネオンが煌き、街灯が燦然と輝いていたとしても、月のない夜道は、やはり今でも物騒なのである。

ムーミン:世界知的所有権機関 ドメイン名譲るよう裁定-MSN-Mainichi INTERACTIVE

こんなことを始めたのは、インターネット発祥の国アメリカの人間なんだが、相も変わらず、こうやって旨い汁をかすめ取ろうとする奴はいるんだなぁと思う。まあ、使いもしない商標をむやみに登録して企業から金を巻き上げようとする輩は昔から後を絶たないし、それはインターネットでもご同様というわけで。

別に万人に対して「パイオニアであれ」という気は毛頭ないが、犯罪でもないのに、至極さもしい行為のように思うのはなんでだろう。と、問うも愚かで、要するに、金にいぎたない姿が見通せるからこそ、嫌悪感を抱くのだ。

古代から連綿と続いてきた私権を至上のものとするイデオロギーは、詰まるところ財産を一番集めることのできる人間が偉いとする価値体系だが(もちろん、近代資本主義も方法論の違いは別として、その末流にあることは言を俟たない)、だからといって世評というものを無視できるものではなく、そのバランスを欠いた私欲むき出しの姿勢が非難を受ける根本にある。

# まあ、それをマスコミが指摘するところがナニではあるが。

礼記には「礼は庶人に下らず」とあるが、道義もへったくれもなく、食っていくために汲々とした生活を送る人間にそんなことを説いても無駄であると見なしていたからに過ぎない。「刑は太夫に烝らず」とは裏返せば、そういう弁えのない生活を送るやつがれは、誰かが罰を下さないと社会秩序を乱すという認識に基づいていることを意味する。孟子は「恒産なければ恒心なし」と斉の宣王に説いた。統治という観点から語られた言葉であるが、世は戦国時代。実際、庶人は、財産もなく、食っていくだけで大変な時代であり、また、元は公族でも家産が細れば見苦しく足掻く者が少なくなかったことを考えると、統治者が充分に戒めとする必要のあった言葉なのであろう。しかし、収奪する側が収奪される側をそう評することに問題がないわけではないにしろ、現代においてわざわざその評言に当てはまる行動を取ることに社会的な意味を見出すことは難しい。あるいはそう思うのは私だけだろうか。

例えば、現代日本では、貧困はノスタルジーを以って語られる経験であり、実際にこれを体験した世代は少なくなり、極言すれば、現代日本は貧困の圧力を完全に克服している状態と言ってもよいだろう(例外的に貧しい人が存在することはもちろん承知しているが、国全体の生産力が乏しく、大多数の国民が貧困の最中にあるという状況は、70年日本万国博覧会をその分水嶺として、急速に消滅していったことに異論を差し挟む人はいまい)。つまるところ、物質的には充分豊かなのである。にも関わらず、他人の成果におんぶに抱っこで不労所得を掠め取ろうとする人間が絶えないのはなぜか。

人は幼少の頃に刷り込まれた認識をそうそう改めることはできない。物欲が活力源であり、貧困が動力源であった時代は長かった。今でこそ、「心の豊かさ」だの「本当の自分探し」だのと浮かれていられるが、そうではない時代に形作られた規範はなかなか忘れられることはない。ましてや「平成大不況」と言われ、ここ十数年に渡り「不景気」ともなれば、改めてその頃の認識が頭をもたげてくることを押し留める事は難しい。

物質的に豊かな世の中になったというのに、結局、物欲最優先=金儲け最優先=私益最優先であることを人々は忘れていない。冒頭の事例は、ちょっとそれが露骨なだけだ。二千年以上の遥か太古より語られてきたことが、未だ持って通用するということは、即ち、その頃から人々の認識がさして進んでいないことも意味している。もちろん、現代でも金を稼がないと生きていけない世の中であることは間違いない。しかし同時に、現代人はそういう暮らし方にどこか不満を持っている。それも、もっと財産を寄越せという、物欲的な不満ではない。今更「心の豊かさ」などということを声高に述べる者も少なくなってはいるが、少なくとも「金、物欲、私益」優先という価値観に不毛なものを感じ、もっと違うものがあるのではないかと、試行錯誤を繰り返している。近年のボランティア活動の高まり、NGOの流行なども根を同じくしている。ところが、それはとても世の中を変えるなどといううねりに育ちもせず、関心を同じくする人の間で小さくまとまっているに過ぎない。

これが、近代資本主義の矛盾に原因を求めることができる程度のものならば、近いうちに貧困を知らない世代が社会を指導する立場に立ったとき、大きな転換があることを期待することができるであろう。しかし、先に述べたとおり、二千年より遥かな太古より続く価値観から全く外れもしない行動であることを考えると、問題はそんな皮相なところにないことが明らかである。

現実にその日暮らしを重ねているわけでもないのに、その日暮らしを送っていたものと価値観が変わらない。変えることができない。唯物史観でいうところの、農耕生産時代、工業生産時代を通じて共通して変わらない。それはつまり、この長い時代の変遷を経ても変わっていない『私権』という価値観そのものが、問題の根源にあるとしか考えられないことを意味する。春秋戦国時代以降、鄭の子産や魯の孔子が体系だてた社会を維持するための思想体系である『礼』が、結局は破られる方向で時代が推移したのも、誰かに属しないものなど認めないその価値観(これを制度化したものを『私有制度』という)、誰かに属している以上それは奪えるものであるという価値観(これの方法論が『武力行使』である)が根本にあっては、結局、身の回りの人間関係を円滑にするもの以上の力を持ち得なかったからである。

協調妥協はありえても共存共栄はありえない。私権とはそういうものである。それはうんざりするほど歴史が証明している。だからこそ冒頭に上げた「ムーミン・ドメイン」の例も、人々は眉を顰めこそすれ、犯罪とされることはないし、似たような事例も、また絶える事もない。

現代社会に対する不満、或いは既に、不安と呼んでも差し支えのないほど先行きに不透明感を感じている人々が多数を占めるこの時にあって、大概、小手先のボランディアやNGO活動で現実から目を背けるのではなく、我々は新たな価値観、新たな認識を確立することに目を向けるべきではないだろうか。

/.J のタレコミから。

IBMがPC事業の売却を検討か

そのネタ元。

「IBMがPC事業売却」の報道

ネタ元のネタ元

I.B.M. Said to Put Its PC Business on the Market

Wintel独り勝ちの礎を築いたもの。Apple の苦境の源。消えていった多くの PCベンダーの呪詛の的。そのIBMが、PC事業から撤退するらしい。まだ確定ではないにしろ、PCが、使えるツールであることをこれ以上ないほどに知らしめたメーカが、PCの製造から全面的に撤退する。

Compaq(今は、hp ですね)や、Dell Gateway といった互換機メーカの追撃にあい、起死回生の一手として送り出した PS/2 は、こけまくり、OS/2は、Windowsの攻勢の前に敗退し、今まで幾度となく噂になっていましたが、とうとう本格的に動きを見せたということですね。

日本は、長いこと NEC の PC-9800シリーズの天下だったので、ピンと来る方も少ないかも知れませんが、IBMが「The PC」を世に送り出したとき、それはそれは大きなインパクトがあったもんです。それまでせいぜいが、個人会計ツールとして使われていたくらいで、概ねマニアの玩具の域を脱していなかったPC(当時は、マイコンと呼ばれてたりしました。Micro Computer と My Computerを引っ掛けた日本の造語ですが)を使えるビジネスツール、つまり、パーソナルコンピュータとして世に知らしめたのは、IBMのブランド力とメインフレーム(当時は、汎用コンピュータって言ってましたね)で培われた技術力、それを背景としたマーケティングのおかげです。日本の NEC PC-9800シリーズとて、IBMの参入という事実がなければ、NECのセールスだけで、果たしてあれほどオフィスに浸透したか、極めて疑問です。実際、日本IBMの製品戦略の誤り(IBM-PCともPC-9800シリーズとも互換性のないPCを長期に渡ってラインナップし続けたこと)がなければ、NECも早々に互換機メーカの道を進まざるをえなかったことは、DOS/Vの発表以後、雪崩をうつようにIBMや、あるいは富士通などの互換機メーカ製品にユーザが殺到していった事実からも明らかです。

それはともかく、「行く川の流れは絶えずして」とは言うものの、ハードウェアとしての PC は、もはや IBMが手がけるものとしては、ペイしない、家電並みの低コスト製品になったという証でもあるんでしょう(同時に、家電製品並みに外部から安価に調達が可能になったということでもあります)。誰もがコンピュータに触れることが可能になり、一家に一台といっても良いくらいパソコンが普及した日本。今更 PC の認知度など誰も問題にしません。その点では、巨人IBMの役割は終わったということもできます。

MCAが失敗に終わった時点で、IBMの役割も終わっていたということもできますが、それでもなお、やはりこの売却が現実のものとなれば、パーソナルコンピュータ史におけるひとつの時代が終わったということになるのでしょう。

このアーカイブについて

このページには、2004年12月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2004年11月です。

次のアーカイブは2005年1月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。