『想い』

               written by 古酒
 《短歌二編》『想い』
                            古酒
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                                            雪
                                            解
                                            け
                                            に
                                     君
                                     に     渡
                                     届     り
                                     か     て
                                     ぬ     行
                                            か
                                     想     ん
                                     い
                                     を     八
                                     秘     十
                              唯     め     八
                                     て     へ


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                                            時
                                            立
                                            ち
                                            て
                                     吾
                                     の     冬
                                     心     凪
                                     に     ぐ
                                            頃
                                     解     に
                                     け
                                     ゆ     受
                              龍     く     け
                              之     想     止
                              介     い     め
                                     を     た


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注意!−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
本作品は株式会社ELFより発売されている「同級生2」の背景世界を使用し
ております。が、設定の変更が一部なされております。
ここに登場する、人物、名称、土地名称等は実在するものではありません。
ネタバレはない…はずです。
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 《短編》『想い』
                                                                   古酒

 ……

 早朝の光で照らされた部屋の中に小鳥たちの声が聴こえている。
 瞬く間にその表情を変える光のダンス。それに併せるように、小鳥たちが歌っ
ているようだ。
 やがて光のダンスは、その部屋の主の上へと移動していく。

 主の名前は龍之介。この春、八十八学園を卒業したが、未だその先の進路の定
まらぬ身である。
 「んっ、んんー」
 朝の光に目を灼かれたのか、少し顔をしかめてから伸びをしようとする。
 しかし、ふと、何かを思い出したかのようにその動きが止まった。
 静かに、ゆっくりと上半身だけを起こすと、自らの傍らへと視線を走らせる。
 そこには、彼の最愛の女性が可愛い寝息をたてていた。
 龍之介は軽く微笑んだまま、その寝顔を飽くことなく眺めていたが、やがて、
 「唯…」
 と、彼女の耳元で囁いてみた。
 「ん、お兄ちゃん…」
 目を醒ましたわけではなさそうだが、そうつぶやくと少し身じろぎし、その寝
顔は幸せそうな笑顔へと変わっている。

 次第にその舞台を移してきた朝の光のダンスは、彼女の髪の上で今までと違っ
たステップを踏みだしたようだ。最高のパートナーを見つけたかの様に、彼らは
黒と白の輝きの競演を繰り広げている。

 龍之介の手が彼女の髪へと伸びていき、優しくそれをもてあそぶ。
 「んん……ひゃぁ」
 髪を触られた感触に驚いたのだろう、唯が飛び起きた。
 「お、お兄ちゃんっ?あーびっくりしたぁ」
 彼女は胸をなで下ろすとほっとしたように息を吐いた。
 「はは、ごめんごめん。唯があんまりに気持ちよさそうに寝ていたもんだから
つい…ね」
 唯は毛布をたぐりよせてそれを抱え込むようにしてベッドに座ると、少し上目
遣いに龍之介を見る。
 「えぇー、じゃあ唯の寝顔ずっと見てたの?」
 「ん、まぁ…ちょっとだけな」
 言いつつ、ベッドを下りると大きく伸びをする龍之介。
 「あんまりにも可愛いんでつい手が出ちまった」
 綺麗だったからと言えないのは照れだろうか、それが龍之介らしいと言えばそ
うなのだが。
 唯はといえば、わずかにきょとんとした顔になったものの、次の瞬間には顔を
真っ赤にして、毛布に顔を埋めていた。
 「お兄ちゃん………」
 小さく呟く。龍之介は頬をちいさく掻きながらそっぽを向いている。顔は見え
ないがどうやらこちらも顔を赤くしているようだ。

 ダンスに飽いた朝の光たちはいつしか部屋一杯に拡がり、その躰を静かに休め
ている。小鳥たちもいつのまにかこの舞台から姿を消しており、そこには静寂だ
けが満たされていた。

 先に口を開いたのは龍之介だった。
 「ゆ、唯」
 「ん、何、お兄ちゃん」
 唯は毛布の先の方に落としていた視線を龍之介へと向けた。ちょうど、立って
いる龍之介を下から見上げるような格好になる。
 「今日はまだ暇なんだよな」
 「うん、学校は明後日からだからね」
 唯はこの春、看護学校への進学が決まっている。学校はこの家から通える距離
にあり、寮にそれほど空きがないこともあって、唯は家から通学する事になって
いた。
 もちろん理由はそれだけでなく、十年という長い年月を経てようやく『恋人』
となった龍之介と離ればなれにならないように、ということもあるだろう。
 「……?」
 唯は小首を傾げて龍之介を見ている。
 龍之介はちょっと考えたような間をおくと口を開いた
 「じゃあさ、今日はちょっと遠出しないか」
 「?、遠出って一日中?」
 「ああ、いやか」
 そう言って椅子に座り、体を唯の方に向ける。
 「ううん、いやだなんてそんなことないよ、お兄ちゃんと出かけられるのはす
ごく嬉しいよ。でも…どこにいくの」
 「んー、それは内緒だ。ま、ちょっとした山登りだな」
 ちょっと歯切れが悪い。
 「ふーん、なんだか気になるなぁ」
 そうは言うものの、それほどきになっている様子ではない。龍之介と出かける
というだけでも十分嬉しいのだろう。
 「まぁ、いいだろ、行くか?」
 「うんっ、あっそうだ、じゃあ唯お弁当つくるね」
 胸の前で手をポンとあわせてそう言う唯。
 龍之介はそれを見て微笑み、立ち上がる。
 「そうだな、じゃあ、一時間後くらいに出ようか」
 「うんっ」
 唯はそう言うと、毛布を体にまとわりつかせたまま龍之介の部屋を出ていった。
 「あっ、こら毛布っ」
 龍之介があわてて言うと、
 「あーとーでーかーえーすー」
 声は唯の部屋から聞こえてきた。

 この日の空は露草色に染まっていた。鏡のような空にはその面を曇らす春の霞
も、白き染みとなる雲のただ一つもなく、果てしなく澄み渡っている。

 一時間後、家の前にすっかり用意の整った二人の姿があった。
 唯の格好は紺のジーンズに赤白のチェックのシャツ、そしていつもの髪型にベ
レーがちょこんと乗っている。
 一方龍之介は浅葱色のジーンズに淡い黄のシャツ、その上からジャケットを羽
織っている。
 「じゃあ、行くか」
 「うん、じゃあお母さん、いってきまぁす」
 「いってきます」
 家の中へかける二人の声が重なる。
 「はぁい、いってらっしゃい」
 『憩』の準備をしているのだろう、その声は奥の方から聞こえてきた。

 「えへへ、ねえお兄ちゃん、腕組んでも良い?」
 本当に楽しそうな様子の唯が龍之介に話しかける。
 「なんだよ、今さら、さあどうぞお姫さま」
 大げさに一礼して龍之介は腕を差し出した。
 「ふふ、嬉しいな。こうやってお兄ちゃんと腕を組んで歩けるって、夢みたい」
 「ま、夢じゃないことは確かだな、何せこのぽよぽよとした感触が夢のはずが
……あ。」
 腕を組んだ龍之介の肘に唯の胸が当たっていた。さっきから龍之介はそちらに
気を取られていたようだ。
 「ああー、お兄ちゃんのすけべ!」
 「わはは、悪い悪い」
 「だめ、許さないもん」
 そうは言いつつも、唯の顔は笑っている。にわかに追いかけっこが始まったが、
はたから見ていれば追いかけっこと言うよりはじゃれ合いにしか見えないだろう。
 そうこうしている内に二人は駅の目の前にやってきていた。

 二人は八十八駅から電車に乗り込み、車上の人となった。窓からの風が頬をな
で、髪に絡まり去っていく。いくつかの駅を過ぎ、電車を乗り換える。それを二
度ほど繰り返すと、電車は山の中へと入っていく。

 「ねえ、お兄ちゃん、お弁当食べようか」
 「そうだな、食べようぜ、どんなんだ」
 「えへへ、あんまり時間がなかったから簡単になんだけど、ごめんね」
 そう言って取り出したお弁当は、サンドイッチと見事な配色のおかずだった。
 「へえ、うまそうじゃん、じゃあ、いただきます」
 「はい、お兄ちゃん、お茶」
 「ん、んぐ、ああ、さんきゅ」
 「やだ、そんなにあわてなくったていいのに」
 くすくすと笑う唯。
 「いや、うまいから…」
 「んふふ〜、うれしいなぁ」
 ………
 そうして車上のひとときが流れていく。

 「へー、きれーい」
 窓から見える景色に唯が声を漏らす。
 電車は渓流の側を通っており、その水面は太陽から降り注ぐ光の束を細かく砕
き、辺りに撒き散らしている。
 渓流の側には緑の木々が続いている。
 新緑の澄んだ緑、淡く浮き立つ緑、暗く落ち着いた緑、様々な緑が流れる視界
の中で融け、混ざりあい一瞬たりとも同じにならない表情を見せている。
 「お兄ちゃん?」
 龍之介は何かを考えているのか、窓の外を見たまま動かない。
 顔の前で手を振ってみる。
 「ん、ああ、なんだ」
 はっとした表情で唯の方を見る。
 「ううん、何でもない。何考えてるのかなぁって思って。」
 「ああ、大したことじゃないよ」
 龍之介は微かに笑うとそう言った。
 「ふうん」
 唯は気になるようだったが、それ以上は聞こうとしなかった。
 「ほらあれ見ろよ」
 「え、どれ」
 窓の外に拡がる景色に他愛もないそれでいて幸福な会話が始まる。そうして二
人の車上の一時は過ぎていく。

 やがて電車は終点へとたどり着く。ちょっとした農村と云った雰囲気の場所の
ようである。
 二人はそこで下りた。唯は周りを見回してみたが下りるのは二人だけのようだ
った。
 「こんな所まで電車が来ているんだね、ちょっと寂しいところだなぁ」
 「ああ、でもいいところだぜ。さて、しばらくあるくぞ」
 「あ、うん」
 龍之介は荷物を抱えると無人の改札を抜け山の方へと歩き出した。唯があわて
て後に続く。

 山と言っても最初は大したことなかった。ちょっとした遊歩道といった感じの
道が暫く続いていたからだ。
 小一時間も歩いた頃だろうか、突然に唯の視界から龍之介が消えた。
 「あれ、お兄ちゃん」
 唯が辺りを見回して龍之介を呼ぶ。
 「こっちだ、唯」
 龍之介は林の中の脇道へと入っていた。
 「あ、こんな所に道があったんだ」
 「まあな、普通に歩いてたらまず見つからないだろうな」
 唯に手を貸しながら龍之介が言う。
 「えいっ、と。…お兄ちゃんはなんで知ってたの」
 「親父にさ、昔一度だけ連れられて来たことがあってさ」
 唯が入ってきたのを確認すると、龍之介はまた歩き出した。
 「おじさまが?」
 「ああ、『俺のとっておきの場所の中の一つを教えてやる』とか言って、無理
矢理俺を連れてきたんだ」
 龍之介は伸び放題の雑草を踏み固めたり、落ちているものを脇に避けたりしな
がら歩いている。こうして見てみると、脇道と云うより獣道と云った感じだ。
 「とっておきの中の一つって、おじさまらしい言い方だね」
 唯はクスリと笑うと、道を一生懸命つくりながらすすむ龍之介の背中を見なが
ら言った。
 「ああ、でもって、『おまえもいつか…』」
 そこまで言ってから何かを思い出したのか、突然言葉を切った。
 「え、いつか、なに」
 「あ、いや…しかしおじさまか」
 何か言いにくいことでもあったのか、龍之介は話題を変えようとしていた。
 「あー、ごまかしてるね」
 唯の視線を感じつつも、龍之介は歩き続けている。
 「そうだ、いっそのことお父さまって呼ぶか」
 「え」
 一瞬のうちに唯の顔が朱に染まる。唯からは見えないが龍之介も自分が言った
台詞に顔を赤くしているようだ。
 「あの、えっと……」
 「うん……」
 急に静かになった林に、道を踏みしめる二つの足音だけが聞こえている。

 やがて林を抜けると小さな丘の頂上が見えてきた。
 「ようし、もう少しだ」
 そして、二人の視界に丘の向こうの景色が入ってくる。

 乱舞、露草色の空との境界より下で桜たちの乱舞が行われていた。
 一面を埋め尽くす桜たちの間を、同じ石竹色の蝶が、妖精が舞っているような、
そんな風景が目の前で繰り広げられていた。
 そして、空より降り注ぐ光の檻が彼女たちの舞台を更に引き立たせている。

 「う……わぁ」
 唯は言葉もなくし、その光景に目を奪われていた。
 「どうだ、きれいだろ」
 「うん……」
 「で、さっきの親父の台詞のことだけどな」
 「ううん、いいよ、唯、唯ねわかったから…」
 言いかけた龍之介に、唯はかぶりを振って答える。
 正面をじっと見る唯の目の端に僅かに光るものがあった。

 「ねえ、お兄ちゃん」
 四半時ほども眺めていただろうか、急に唯が口を開いた。
 「ん、何だ」
 「唯が転校してきた頃のこと覚えてる?」
 「ああ、あの時だったよな、今までで一番ひどい喧嘩になったのって」
 龍之介が苦笑して答える。
 「唯ね、どうしてもお兄ちゃんの側にいたかったんだ。お兄ちゃんと違う高校
に行くようになっても、一緒に暮らしてるんだから大丈夫だと思ってた。でも、
朝も夕方も一緒になることがなかったし、休みの日はお兄ちゃんいつもどこかに
出かけてた」
 龍之介が唯の顔を見る。が、桜をじっと見つめる唯の顔には龍之介が予想した
ような感情の高ぶりは見受けられなかった。
 唯はクスリと笑うと言葉を続ける。
 「お兄ちゃんを責めてるんじゃないよ、でもね、このままじゃダメだって思っ
たんだ。お兄ちゃんを絶対に、誰にも渡さないって決めたの。だから、だからね、
どんなに反対されても唯は負けるわけには行かなかったんだよ」
 唯の言葉は龍之介に向けられているのではなく、むしろ独白と言えるだろう。
 「唯…」
 龍之介は唯に何かを言おうとして言葉を止める。そして少し何かを考え二三度
首を振ると、唯に言葉をかける。
 「唯っ」
 唯がはっとして龍之介を見つめる。
 「ここは親父のとっておきだけどさ、もう一カ所行くとこがあるんだ。さあ、
行こうぜ」
 早口でまくしたてると、唯の手を取り歩き出す。
 「ちょ、ちょっとお兄ちゃん」
 龍之介はいったん林の方に戻ると、また別の小道に入っていった。

 歩いている間中、龍之介は無口だった。唯も、龍之介の雰囲気を感じとり、話
しかけることなく龍之介の後をついていっていた。
 二人とも汗をかいている。やや、湿度が高く、気温もやや高くなっているよう
だ。
 やがて龍之介が立ち止まり、半拍遅れて唯も立ち止まる。
 「唯、ここが俺が見つけた、俺のとっておきの場所だ。唯にプレゼントするよ」
 体を半分どかした龍之介の横に唯の体が滑り込む。
 「……」

 そこはちょっとした湿地になっていた。気温が高く感じられるのは回りが少し
椀状になっているからだろう。太陽からの光のシャワーをいっぱいに受け、藍色
の小さな花が、それこそ無数にその場に敷き詰められていた。

 「勿忘草さ、親父に教えられた場所に何度か来ていたんだけど、一度だけ道に
迷ってさ、その時に偶然見つけたんだ。ちょっと時期が早いんだけど、よかった
よ咲いていて」
 唯が龍之介の腕に自分の腕を絡めてくる。自分の胸に唯が頭を乗せてくるのを
感じながら、龍之介は言葉を続ける。
 「俺はあの時まで唯の気持ちに気付かなかった。いや…違うな、気付きたくな
かったんだな。唯があまりに近すぎて、唯を傷つけてしまうことを恐れて臆病に
なってたんだな。唯の気持ちを受け入れた後、ずいぶん後悔したよ。周りから唯
を守るためだって言いながら、結局唯を傷つけていた」
 唯が龍之介の胸の中で首を数回横に振る。
 「俺たちの十年間はずいぶんと回り道だったよな。でも、この十年は忘れられ
ない十年になったと思う。これからのために…。勿忘草って英語でなんて言うか
知ってるか。"Forget me not" だってさ。ちょっと出来過ぎかな」
 そこで龍之介は言葉を切る。
 唯が龍之介を見上げる。龍之介が唯を見る。しばし見つめ会う二人。
 そして、どちらからともなく目を閉じ………

 勿忘草が風に揺れている。








 「さ、帰ろうか」
 「うん…ね、お兄ちゃん、勿忘草の花言葉って知ってる?」
 「さ、さあ」
 「ふうん、そお?じゃあ教えてあげるね、勿忘草の花言葉は…」



             勿忘草の花言葉、それは

               『真実の愛』


                  了

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